太釈さんの法話なブログ

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

末期の水はなぜ取るのですか

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


末期の水はなぜ取るのですか

故人の葬儀前日に通夜を勤めます。

通夜では故人に対して末期の水を取ります。なぜ、末期の水を取るのでしょうか。

故人を仏式のお葬式で送り出すということは、故人はお坊さんの弟子となって旅立っていくことを意味します。通夜は、故人がお坊さんの弟子となって旅立つにあたり、お坊さんが故人に心構えを言って聞かす儀式です。

ただ、故人が死出(しいで)の旅に発つにあたり、ひとつだけ困ることがあると言われています。それは、故人はのどが渇いて困るのです。

故人がのどの渇きで困らないように、ご遺族や近い親戚がシキミの葉で故人の口元へ三度、水を運ぶことを末期(まつご)の水(みず)と言います。


シキミの葉を使うのは2つの理由があります。

1.蓮の花の代用として
蓮の花は日本では8月の一時期しか採ることができません。そこで年中手に入るシキミの葉を代用します。シキミの葉を、根元を少し折り取ると蓮の花の形に似ているからです。

2.きれいな葉だから
シキミの葉は虫が付きません。このためきれいな葉であると言うことができます。

シキミ

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お坊さんは葬式で何をしているのですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


お坊さんは、お葬式で何をしているのですか?

仏式(ぶっしき)でお葬式をするということは、故人は葬式を執り行うお坊さんの弟子となって旅立っていくのです。

 お葬式でお坊さんが行っていることは、故人を剃髪させ、故人に戒律を守ることを誓わせ、出家(しゅっけ)・得度(とくど)させてお坊さんとなる儀式をしているのです。

太釈さんの似顔絵 

 故人がお坊さんとなった証として戒名(かいみょう)を授けます。さらに真言宗の場合は秘密の印と真言を授けて空海の弟子として故人を死出(しいで)の旅に発たせます。

 お坊さんが、故人の旅立ちを手伝うことを「引導(いんどう)を渡す」と言います。つまり、お坊さんは、故人の安らかな旅立ちのお手伝いをしているのです。

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法事やお墓参りは義務ですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。



法事やお墓参りは義務ですか?

人の心に宿る想いを大切にすることを、仏教では恩といいます。

空海(くうかい)は、あなたが知らないうちに受けている恩は四つあると言います。

①父母からの恩
②友人・知人(仏教では衆生(しゅじょう)といい、すべての生きとし生けるものを指します)から受けている見返りを求めない恩、
③国政が安定していることにより、あなたが命の危険にさらされることなく生活することができる恩
④仏教によりあなたの心が安定することができる恩です。

 あなたが四つの恩を知ることで、日ごろ受けているけれど返すことができていない恩があることに気づきます。

弘法大師 

 父・母の恩は身近に感じていますが、友人・知人の恩はどうでしょうか。友人・知人に世話になったとしても、お互いさまで済ませていませんか。

 また、犯罪や事故の発生率が低い日本で生活していると、毎日の生活で命の危険を感じることはあまりありません。あなたが命の危険を感じることなく生活できているのは、国政が安定して生きるために争いを必要としないからです。

 そして、日常使っている言葉の中に溶け込んでいる仏教の教えによって、あなたは心穏やかな日々を過ごすことができているのです。

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死は恐ろしいものですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


死は怖いものですか?

あなたは死を恐ろしいものだと考えていますか。それとも穏やかに迎えることができると考えていますか。

心肺停止した状態から蘇生(そせい)した人が臨死体験(りんしたいけん)をする人がいます。

臨死体験をした人のコメントでは、
「暗闇のトンネルを抜けると光り輝く世界があった」とか
「底なしの谷をどこまでも落ちていった」など、
死は少し怖いイメージがあります。

しかし、仏教では「お迎えが来る」といいます。
どういうことなのでしょうか。

仏教では、臨終(りんじゅう)を迎えると雲の上に乗った阿弥陀如来(あみだにょらい)、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)、勢至菩薩(せいしぼさつ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)などの仏さまが、きらびやかな音楽とともに故人を迎えに来てくださると説きます。

阿弥陀如来 

そして、故人は仏さまと共に死出(しいで)の旅に出るといわれています。

このため、故人のご遺体を納棺(のうかん)するときに、白い着物や足袋(たび)、脚絆(きゃはん)、おにぎり、六文銭(ろくもんせん)(紙でできたもの)を一緒に入れます。

白い着物や足袋(たび)など、どれを取っても旅支度(たびじたく)ですね。

旅に発(た)っていく故人を見送るのが、葬儀(そうぎ)の後に行われる故人との最後のお別れの式である告別式(こくべつしき)です。

故人に別れの花を供えてお棺(ひつぎ)のふたを閉めます。ご遺体は荼毘(だび)に付されて故人は旅立っていきます。

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法事をする理由とは?

「法事をする理由を、子どもや孫に教えてやってください」

 ある檀家さんの法事で、こんな言葉を投げかけられました。
私は緊張して、格好の良いことを言わなくてはいけない!と構えてしまいがちなのですが、ふと思い立って法事の席にいた小学生の孫に対して質問を投げかけてみました。

人を想うこころ 表紙 

 ありがたいことに、60代以降のほとんどの方は先祖供養することが当たり前の事として認識していらっしゃいます。しかし、三十代~四十代の子ども世代、十代以下の孫世代は、なぜ法事をするのかよく分かっていないことも多いようです。

 私は、供養はご先祖さまの恩を忘れないことであると考えています。

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