太釈さんの法話なブログ 行事

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

秋のお彼岸

 昨年頂戴したハガキに「お盆が終わってほっとする間もなくお彼岸です」と書かれていました。今月は秋のお彼岸について紹介します。

 お彼岸とは、世界中の仏教国で行われている行事だと思っているかもしれませんが、そうではありません。お彼岸は日本独特の仏教行事です。起源は明らかではありませんが、桓武天皇の時代(七八一~八〇六)にはお彼岸の行事が行われていたようです。

 お彼岸を春分の日・秋分の日前後に定めたのは、季候がよく、昼夜の長さが同じで仏教行事を行うには最適な時期であったためです。一年に二度、日頃の仏道修行に励まず怠けていることを反省して、仏教週間を設けたのでしょう。

 また、極楽浄土は西にあるといわれているので、極楽浄土にいるご先祖さまのために手を合わせます。

 彼岸とは悟りを開いた世界を指します。私たちが彼岸に行き着くために六つの修行をします。
一、布施…見返りを求めず与えること
二、持戒…決まりごとを守り、穏やかな生活をする
三、忍辱…思うようにならなくても耐え忍ぶこと
四、精進…仏道をたゆまずに実践すること
五、禅定…ザワザワする心を鎮めること
六、智慧…仏教の智慧を身につけて実践すること

彼岸花 
 ヒガンバナは彼岸の時期に咲き、花言葉に「また会う日まで」とあります。彼岸にご先祖さまと再会できると言われるのは、ヒガンバナが咲くことと関係があるのかもしれません。悟りの世界にいるご先祖さまに近づくことができるよう、秋の彼岸は六つの修行を心がけたいものです。

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お盆の期間は?

 お盆は八月十三日~十五日の三日間です。

 故人が里帰りするので、自宅の軒先やお墓の前で八月十二日の夜にこえ松を燃やして迎え火を焚きます。そして、十六日の朝にはこえ松を焚き送り火とします。

 地域によっては盆灯籠を川に流す灯籠流しが行われています。
 初盆から灯籠流しまでの三年間は、八月十八日に盆灯籠の供養のため、長岸觀音寺にて施餓鬼会を行います。

 餓鬼地獄におちた亡者を供養することで、万徳を得られるとされる行事です。


法話と天井絵の寺ホームページでは、仏教問答Q&Aサイトhasunohaにおける私の回答をリンクしています。
こちら をご覧ください。

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初盆

 8月に入り、関西方面では8月盆の時期です。関東地区では7月盆が多いようです。

 故人が亡くなり、四十九日忌を終えて初めて迎えるお盆を「初盆」と言います。四十九日忌がお盆を越してしまう場合は、翌年が初盆になります。

 お盆やお彼岸に故人は自宅に里帰りするといわれています。初盆は故人が初めて里帰りするので、自宅では故人を迎え入れるために祭壇を作り霊供膳やお菓子、果物、故人が好きだったものをお供えしします。

 また、故人が里帰りするに当たって、家を間違えないように盆灯籠を吊します。盆灯籠は窓ぎわなど外から見えるところに吊るのが良いでしょう。初盆を迎える方は、新しく盆灯籠を買い求め觀音寺にて故人の戒名と偈文、真言を書き入れて開眼いたします。

 開眼された盆灯籠を吊す期間は、七月三十一日の夜から八月三十一日の朝までです。期間が終わったら丁寧に箱に入れ、翌年の七月三十一日が来たら、再び盆灯籠を吊します。


法話と天井絵の寺ホームページでは、仏教問答Q&Aサイトhasunohaにおける私の回答をリンクしています。
こちら をご覧ください。

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今月の行事案内

・写経・写仏、護摩祈祷、法話は七月~九月までお休みいたします。
※初盆、棚経ならびに施餓鬼会など、お盆供養のため


觀音寺本堂 
お知らせ

 事前に予約してくだされば、本堂にて写経や法話、仏教紙芝居(一話が十分程度)ができます。

 紙芝居は、ものがたりの中に仏教の教えが隠されている仏教説話や、お釈迦さまの誕生から亡くなるまでなど、いくつか種類があります。

 最低、3~5名程度集まれば開催可能です。PTAや子ども会、地域の婦人会、自治会などでご利用ください。
 また、駐車場が十五台分あります。近隣の進入路が狭いのでマイクロバスまでの大きさなら入ることができます。団体での利用も可能です。

お問合せはホームページよりお願いいたします。

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施餓鬼会(せがきえ)とはどのような仏教行事ですか?

施餓鬼

 
 施餓鬼会(せがきえ)とは、地獄のひとつである餓鬼道(がきどう)に落ちてしまった有縁無縁の亡者(餓鬼仏:がきぼとけ)のために、供物を供えて読経を行い供養する法会です。供養した者は百万の功徳を得るとされています。

 餓鬼仏は、飢えや渇きに苦しんでいます。餓鬼仏は食べ物や飲みものは炎となり、口にすることができないからです。このため、餓鬼仏が食べ物を食べられるよう僧侶は真言を唱えます。

 そして、糸のように細くなってしまった餓鬼仏の喉を通ることができるように、そうめんなどを供えます。赤いほおずきを供えるのは、餓鬼仏が食べられるお供えものがある場所を示す目印のためです。


 御詠歌の「施餓鬼精霊供養和讃」では、

 百味(ひゃくみ)の五菓(ごか)を施して
 修する善根功徳(ぜんごんくどく)には
 蓮の台に招かれて
 とこしえかけて救わるる
 尊い供養 勤めなん

と、唱えます。

 餓鬼仏は、生前に良い行いをしてこなかったかもしれません。しかし、餓鬼仏とあなたに縁があっても無くても、施餓鬼会にてすばらしいお供えもの(百味の五菓)をして供養する(修する善根功徳には)ことにより、餓鬼仏は成仏(蓮の台に招かれて)していきます。

 故人の供養とともに餓鬼仏も供養し、百万の功徳を得たいものです。

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