太釈さんの法話なブログ 薬剤師

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

お薬師さんの薬つぼ

お薬師さん(薬師如来)は、手に壺を持っています。

この壷のふたを開けると、紫色の煙がふわふわと出てきます。
紫色の煙を頭からかぶると、どんな病気でもたちどころに治るといわれています。
薬剤師として10年勤務した太釈さんが、お薬師さんの薬つぼのように健康について話します。


昨日の11月11日(土)は何の日だったでしょうか。
正解は「介護の日」です。

私は「介護」と聞くと、ある檀家さんの親戚の方から質問を受けたことを思い出します。

足が悪くても成仏できるのですか


私はお盆の時期によく質問を受けます。私は、佐藤さん(仮名)から「亡くなったお父さんは足が悪かったけれど、お父さんはちゃんと成仏できただろうか」という質問を受けました。

佐藤さんのお父さまが亡くなったのは三年前でした。佐藤さんは看護師の職能を生かしてお父さまを自宅で介護し、最期を看取(みと)りました。お父さまの介護だけが生き甲斐(がい)だった佐藤さんも六十歳です。夫に先立たれ、子どもはいません。


生前、佐藤さんのお父さまは足が悪く、歩くことができませんでした。しかし、佐藤さんの献身的な介護のおかげで、お父さまは日常の生活にほとんど困ることはありませんでした。佐藤さんの心配事はお父さまが亡くなってからのことでした。


「亡くなったら死出(しいで)の旅に出るって言うでしょ。それも一人旅。足が悪いお父さんは、歩けないから、死出の旅に出たくても行けないのではないかと思うと心配で」

納棺 

故人のご遺体を納棺(のうかん)する時に、旅支度として白い着物や足袋(たび)、六文銭やおにぎりなどなどを一緒に入れます。

死出の旅は歩いて行くものです。自動車やバスなどの乗り物はありません。歩けない人は、ずっと歩けないままに、この世で迷ってしまうのではないかと佐藤さんは心配されたようです。

私の回答は来週にいたします。



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緩和ケアにおける薬剤師に望まれること その5

人生の残り時間が少ないことを知ったとき、どのように過ごしたいですか?

私の書籍『一日一善』より「鮎が食べたいねえ」を紹介します。

九十才になる「はなさん」の例を紹介しましょう。
はなさんは膵臓がんと診断され、あと一ヶ月の命だと医師から告げられました。はなさんは入院はイヤだと断り自宅で過ごしました。はなさんは在宅医療でがんの痛みを取る鎮痛剤を使いながら過ごしました。はなさんは、ガンによる痛みのコントロールができると、体調の良い日には健康なときと同じように生活できました。はなさんは、孫やひ孫に囲まれて日増しに元気になっていきました。

体調の良いある日、はなさんは美容院に行って髪をふじ色に染めました。次に向かった先は写真館でした。はなさんは、「いつどうなるか分からないから」と遺影のために小首をかしげて写真に収まりました。

写真を撮って数日後、はなさんは「鮎が食べたいねぇ」と言って、夕食にお嫁さんに鮎の塩焼きをおいしそうに食べました。食後は大好きな歴史小説を読みながら、
「明日も朝が早いから、もう寝たら。」

と、はなさんが身の回りの世話をしているお嫁さんに声を掛けたのが、最後の言葉となりました。


はなさんは、夕食に鮎を食べた翌日、往診した医師の問いかけに応じることなく眠り続けました。

往診した医師ははなさんの孫たちを枕元に呼んで、

「おばあちゃんは天国へ行くの。耳は聞こえるからそばで大きな声で話しかけて」

と言いました。


孫たちは、大きな声で、「おばあちゃん、ありがとう」

はなさんへの「ありがとう」と「さよなら」が一つになった瞬間でした。はなさんは、「花のように死にたい」と言っていました。その言葉通りに、通夜の席で孫たちの声が響きました。


薬剤師倫理でも説かれている「より良く生きる」とは、医療の手立てがなくなった後も希望を持って生きていくことだと思うのです。


つづく





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薬剤師倫理のポイントとは?

薬剤師とお坊さんのハイブリッドである中村太釈が、薬剤師倫理について語りました。
Ustreamにて見ることができます。

http://www.ustream.tv/recorded/100013659

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緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その4

さて、話を戻して緩和医療について考えてみたいと思います。

私が読んだ本で、日野原重明 著『現代医療と宗教』1997/8岩波書店 があります。
著者の日野原重明氏は2017/2現在で108歳のはずです。100歳ごろまでは現役の医師として患者の治療に当たっておられました。

書籍の中で、日野原氏は医療についてこう述べています。
「医療は病を治すことで発展してきた。治療がすべてであり、患者の死は敗北であるとされた。このため、医療の手立てがなくなった患者に対する手当が何もなされないことがあった。
 しかし、私は治療(キュア)だけでなく治療の手立てがなくなった後も介護(ケア)が必要なのではないかと思う」

本が発刊された、今から20年前には緩和医療という考え方はありませんでした。にもかかわらず、日野原氏は緩和医療が必要であるという提案をしています。つまり、緩和医療という新しい医療分野がひらかれたと考えてよいと思います。

死は医療の敗北ではない。亡くなるまで精一杯生ききることこそが人間の尊厳であると日野原氏は提言しているのです。日野原氏は敬虔なクリスチャンだったので、死を見つめる医療について考えを持つことができたのでしょう。

つづく

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緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その3

~なぜ、私は薬剤師ではなく、僧侶として自立したいと願うようになったか~

薬友会研修会 講師登壇3 2017-1-28 



 薬局に就職したばかりの私はカッターシャツにネクタイを締め、白衣を着て薬剤師としての職能に励んでいました。私は、どこから見ても薬剤師です。しかし、私の本質は別のところにあったのです。
私がなぜそのように思うのかというと、薬剤師の姿をしていても「あなたお坊さんね」と言われることが何度となくあったからです。薬局の店頭に立つときは、どこからどう見ても薬剤師。私は寺の長男であるということはいっさい口にしていません。どこから見ても、私の出自がお客さまに分かるはずがないのです。しかし、現実には違いました。
はじめに私のことをお坊さんであると見抜いたのは、四十代の男性でした。勤務の後に立ち寄ってくださるのでしょう、決まって六時過ぎに一人で来店されました。購入されるのは、大人用の紙おむつです。三十枚入りを十日間隔で購入されました。大人用の紙おむつは、大きさも重さもあります。大人と子どもでは身体の大きさが違うので、子ども用のオムツに対して大人用は二倍ぐらいの大きさになります。お客さまである男性は家族を介護しておられることは明らかなので、ときに私がお客さまにねぎらいの言葉をかけることもありました。
あるとき、大人用紙おむつを買うそのお客さまがぱったりと来店されなくなりました。私はつい、いろいろなことを考えてしまいました。介護されているご家族の調子が悪くなったのではないか、あるいは介護をしているお客さまの男性が調子を崩したのではないか、何らかの事情があるのではないか。考えたところで私にはどうしようもないことなのですが、つい気になってしまいました。三週間ぐらいたったころ、その男性が来店されました。いつものように真っ直ぐ介護用品売り場に行かず、店内をウロウロしています。私と目が合うと、真っ直ぐ私のいるレジまでやってこられました。
「今日、お探しのものは何でしょうか」
と、たずねると、
「もう大人用の紙おむつは必要なくなりました。亡くなったので」
私は悪い予感があたってしまったことで気分が沈んでしまいましたが、
「寂しくなられましたね」
と、声をかけました。すると、男性は少し微笑んで、
「あなた、お坊さんでしょ?」
と、言います。私はびっくりしてしまいました。どこからどう見ても薬剤師なのに、どうして私の出自が分かったのでしょうか。さらに、その男性はかなり前から私がお坊さんであるということに気がついていたと言うのです。物腰や態度、言葉の選び方やしぐさで「ああ、お坊さんだ」と分かっていたというのです。私は、びっくりしてしまいました。それと同時に、私の本質は薬剤師ではなく、お坊さんなのだということに気づかされました。つまり、どんな姿をしていても、その人の本質は変わらないし、見抜かれてしまうものなのだと確信したのです。
つまり、私の本質は僧侶だったのです。

つづく

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