太釈さんの法話なブログ 護摩祈祷
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太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

コロナ禍でお寺にできることは?

 令和2年3月ごろから感染が拡大し始めた新型コロナウィルス感染症。ワクチンが新型コロナ対策の切り札になるとされてきました。やっと医療従事者向けにワクチンの優先接種が2月17日から始まりました。今後4万人の医療従事者が優先接種を受けることになっています。ワクチンの副反応やアレルギーによるショック症状が出ないか気になるところですが、終息に向けて希望が持てます。

 今は2回目の緊急事態宣言の期間中です。全国の感染者数は減少傾向にありますが、重症者数も死亡者数もまだまだ多いです。
 このような状況で、僧侶としてできることは何かと考えたとき、「祈る」ことではないかと考えました。緊急事態宣言中の6月に新型コロナウィルス感染症終息を祈願してコロナ退散護摩祈祷をさせてもらいました。毎月の護摩祈祷でも祈願を続けています。祈りで皆さまを支えるお寺として精進します。

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出張して護摩祈祷をさせてもらいました

今日は出張護摩祈祷でした

今日は鳴門市まで出張護摩祈祷に行ってきました。
石に彫られた不動明王をまつるためにお堂を構えて熱心な信者さんに支えられて今日まで続いているようです。

ですが、肝心の護摩祈祷をする僧侶が事情で手を引いたそうです。信者さんたちは四方八方探して私に護摩祈祷を依頼してこられました。
気になる点はいくつかありましたが、クリアできたので快く引き受けさせてもらいました。
不動明王
仏像は拝み込んでこそ意味があると、ある高僧に言われたそうです。私は週に1度でも足を運び不動明王に心を向けて折られる姿は、拝み込んでいる姿であると思います。
これからも護摩の火を絶やさずに不動明王を拝み込んでいくことができるよう祈念しております。
※ 護摩壇だけあるけれど護摩祈祷する行者がおらず困っておられるようでしたらご相談ください。

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厄除け

毎月発行している「寺院だより」から記事を紹介します。
今回は「厄除け」です。


一月から三月は風のように過ぎていく気がします。二月は「逃げる」と言いますが、逃げられないように日々を大切にしようと思っています。
 二月三日の節分に「厄除け護摩祈祷」を行いました。一月二十八日の護摩祈祷を都合でお休みしたため、添え護摩もお焚き上げさせてもらいました。

厄除け護摩札

 私も厄年を越えました。厄は災いをもたらすのではないかと心配されますが、私はそのように捉えていません。厄年はちょうど体調の変わり目ですが、私は人生を一度立ち止まり、振り返り、見直す時期だと思っています。走り続ける人生では、途中で息切れしてしまいます。特に、変化の早い昨今では周りに振り回され、心が疲れ果ててしまいます。そうならないために、じっくりと自分と向き合う三年間(前厄・本厄・後厄)にしてほしいと思います。
 護摩祈祷の御本尊である不動明王は、恐ろしい顔をしていますが、時に涙を流しているように見えることがあります。不動明王は仏の心を起こさない人々を憂いているのです。

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机の足の下

机の足の下

   八千枚護摩札と一緒に添えられていた手紙

八千枚護摩札と一緒に添えられていた手紙の表書きです。「机の足の下」とご自身を表現されています。
そんなに謙遜しなくてもいいのに、と思いましたが、先方の心遣いに涙が出そうになりました。

平安時代に生きた高野山の空海と、比叡山の最澄。
最澄が空海より7歳年上です。最澄は知らぬものがいないほど有名な僧侶、一方で空海は名も無い僧侶でした。どちらも同じタイミングで中国へ渡り、再び日本の地を踏みます。その時、空海が持ち帰った教典や仏具、掛け軸は最澄が学んだ密教がほんの一部でしかないことを表していました。

そこで、最澄は自分の身分を投げ捨てて空海に手紙を書きます。最後のサインに「あなたの弟子 最澄」とあります。最澄からすれば、自分の方が年上で地位も名誉も高い。空海に謙遜する必要は何も無いわけです。しかし、僧侶として精一杯の礼を尽くしました。

私は、「机の足の下」というサインを見て、ありがたさに頭を下げました。
「私のようなものに、ここまでしてくださるとは」

確かに、私よりいくつか年下であったと思いますが、布教師としては先輩です。私の方が礼を尽くさねばなりません。慈悲の心に触れ、今日も精進していきたいと思います。

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八千枚護摩

八千枚護摩札


   ご縁のあるお寺の御住職から頂戴した八千枚護摩札


当寺では、月に1回檀信徒向けに護摩祈祷を行っています。
添え護摩札に願い事を書いてもらい、作法に従って護摩を焚き添え護摩札を燃やします。私は、護摩壇の前に座り、「檀信徒の願いが叶いますように」と祈ります。

真言宗では、この護摩祈祷を21日間、1日3回祈り続ける荒行があります。食事も制限し、毎日水を浴びて体を清めてから護摩行を行います。21日間続けるので、体力・精神力が必要です。最後の座は、白装束(死に装束)を身につけて護摩壇の前に座ります。まさに護摩を焚きながら死んでもいいという覚悟の表れです。

ご縁あって、長崎県の布教師に法話に来てもらいました。鳴門結衆12ヵ寺を順に回っていきます。8月16日~20日までという夏の最盛期なので、体力的にも厳しいものです。その後、私の「寺院だより」を毎月送っています。目を通してくださっているようで、年賀状にお褒めの言葉を頂戴しました。

ある日、こちらの御住職から八千枚護摩札を頂戴しました。
お願いしてももらうことの難しい護摩札です。有り難いやら、感動するやらで、恐縮しました。同じ布教師としてうれしいです。

寺宝にいたします。

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