太釈さんの法話なブログ 供養
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太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

彼岸会とは?

 春分の日は太陽が真東からのぼり真西に沈む日で、昼夜の時間が同じになります。春分の日を中心として前後3日を加えた7日間を彼岸といいます。

 正確にいうと「到彼岸」を略したものです。迷いの此岸から悟りの彼岸へ行くために仏の教え(六波羅蜜)を守り生きていく一週間です。家族でお墓参りをしたり、霊供膳をお供えしたりして故人を偲びましょう。先代住職の觀善上人は白和えが大好物でした。心からお供えしたいと思います。
霊供膳
 ご先祖さまも今の私たちのように家族があって、日々を生活していました。病気や戦争で多くの命が消えていきました。そのような時代でも脈々と受け継がれ、今の私たちの命があります。生きている一瞬一瞬がご先祖さまからの賜りものなのは確かなことです。

参照『20年後の君につたえたいこと』いのちの積み木Project発行 

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なぜか49日忌に雨は降らない

なぜか49日忌に雨は降らない
最近15年で49日忌で雨が降ったのは1度だけ。納骨のときは土砂降りになりました。
それ以外は49日忌の読経が始まるときには雨が降っていても、納骨のときには雨が上がっています。
今日も49日忌を迎える方がおられました。
納骨を終えるまで穏やかな天気でしたが、1時間ほどすると雨が降り出し、強風が吹き荒れました。こんな荒天では納骨も難しかったでしょう。
やっぱり不思議なものですね。故人の冥助があるのでしょうね。

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諸行無常

諸行無常 今日と同じ明日はない

先日一周忌の法要を勤めさせてもらいました。
90歳を越えての大往生でしたが、訃報は突然でした。

1年ほど前に故人の夫に当たる方の13回忌法要を勤めさせてもらいました。
故人は私の斜め後ろ辺りにちょこんと座り、孫やひ孫に囲まれて笑顔を絶やさず、耳もしっかり聞こえておられるようでした。年相応に足腰は弱っているようでしたが、私も「まだまだ長生きされるだろうな」と思ったことを思い出します。

訃報は同年の年末近くにもたらされました。ひとり息子の喪主様はずいぶんと精神的に参っておられるようでした。誰もが思いもよらないことであったようです。
遺影

「突然でないお葬式はない」と私は常々言っていますが、故人とご遺族の別れは突然すぎて戸惑いが大きかったようです。

仏教では突然のことは起こりうるものだとして「諸行無常」を説きます。今日と同じ明日は来ないのです。今日見た川の水は2度と同じ水を見ることができません。亡くなってしまったことを悔やむよりも、故人をいつまでも忘れない供養を続けていくことが心の平安を取り戻す近道なのです。

一周忌には故人のひ孫が参列していました。ひいおばあちゃんが亡くなったとき、彼は1歳ぐらいだったはずです。ほとんどひいおばあちゃんの記憶はないはずなので、両親などひいおばあちゃんの記憶がある人が語り継いでほしいものです。

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姿は見えなくても

阿波おどり

徳島県と言えば阿波おどりです。
「踊る阿呆も 見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃそんそん」
8/12~15の間だけ、徳島県人は阿呆になります。

さて、阿波おどりをはじめとして全国に盆踊りがあります。

お盆にご先祖さまが戻ってくるといわれます。
戻ってこられたご先祖さまは、私たちには見えません。しかし、まるでご先祖さまが隣にいるかのように振る舞い、供養します。盆踊りもご先祖さまの供養の1つとされています。

姿は見えなくても、ご先祖さまと一緒に踊るのが盆踊りなのですね。


法話と天井絵の寺ホームページでは、仏教問答Q&Aサイトhasunohaにおける私の回答をリンクしています。こちら を ご覧ください。

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ところ変われば仏壇も変わる、らしい

 徳島県では、お仏壇の最上段に三輻の掛け軸(向かって左から不動明王、真ん中に十三仏、右側に弘法大師、ただし真言宗の場合)を掛けます。

 ところが、首都圏などでは、掛け軸ではなく立体的な仏像を三体(向かって右側に弘法大師像、中央に大日如来像、左側に不動明王像 真言宗の場合)安置することが主流なのだそうです。

仏壇用の仏像 大日如来 

大日如来の仏像 

確かに、お仏壇の最上段に高さが十五センチ~二十センチぐらいの立体的な仏像があれば見栄えがします。小さなお寺であるお仏壇も、立体的な仏像があることでよりお寺に近くなります。

 皆さんのお仏壇にも立体的な仏像があるといいですね。

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