太釈さんの法話なブログ 生きている幸せ その3

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

生きている幸せ その3

待合室での煩わしさに本を開いて逃げ道を探していましたが、ある時ふと聞き耳を立ててしまいました。
そんなつもりはなかったのですが、つい話に引き込まれてしまったのです。

そのご婦人は、おそらく何かのガンを患っていたようです。
手術の後、放射線治療をしているのか、薬の治療をしているのか分かりませんが、通院していることは間違いなさそうです。

たいてい、ガンの患者さんは同じ病状の方を探しては、互いの病歴を披露し合い慰め合うものです。
余命を宣告され、明日をも知れない命を生きているのですから。

しかし、そのご婦人から出た言葉は違いました。
「とても素晴らしいことが分かったのよ」と、うれしそうに微笑んでいます。
どうしてもたくさんの人に伝えたくて、隣に座った御縁で話をしている様子です。開いている本の文字は上の空です。内容は全然頭に入ってきません。全神経は、そのご婦人の次の言葉を待っています。

「私ね、ガンで「あと3ヶ月です」って言われたの。その時は目の前が真っ暗になっちゃって、どうやって家に帰ったか覚えてないぐらい。主人の顔を見たらボロボロ泣けちゃって、新婚の頃みたいに主人の胸の中で泣いちゃった。これだけたくさんの涙が出るんだってびっくりしちゃった。『涙涸れるまで』って言うけど、本当に涙が枯れちゃったの」

あっけらかんとした表情で続けます。
「泣いちゃったらね、私決めたの。あと3ヶ月でしょ。「思い残すことがないように」って言うじゃない。持ってて仕方ないものは『お金』よね。死んだらあの世に持っていけないもの。だからね、パッと使っちゃおうと思ったのよ。貯金を全部おろして、現金の束を持って高級ブランドの店に行ったの。入ったことなかったから、びっくりした。金額じゃないのよ、その雰囲気がいいの。眺めるだけだったものが、いっぱい買えるのよ。アクセサリーなんかつけてみたら、どれも似合う気がしてね。ブランドのお洋服を試着して、鏡の中の自分にうっとりして。まるでセレブになった気分。全部、ポンと買っちゃったの。」

鏡に映った自分を思い出しながら、遠い目をしています。
「ブランドものを見つけたら外に出たいでしょ。だから主人と一緒に一流ホテルのディナーに行ったの。ドレスコードが決まっているような所よ。ブランドものだから、ドレスコードもバッチリ。すんなり入れちゃった。テーブルに案内されて、シャンパンを傾けていると映画の主人公になった気分。最高のひとときだったわ。そのままホテルで泊まって。だって、そのまま帰ってしまうのは夢が覚めるようでイヤでしょ。」

「1回行ったら病みつきになっちゃってね。2回目も行ったの。でも、ちょっと変なのよ。初めての時の感動がないの。『こんなものかな』っていう感じ。3回目に行ったらね、『なぜ、こんなことしているのかな』って思っちゃった」

ため息ながらに続けます。
「だんだん、つまらなくなるのよ。やりたたいこといっぱいしてみたけれど、すぐに飽きちゃうのよ。そんなことをしているうちに、月日がたってしまったの」

ご婦人が言葉を探すように空を見つめました。

つづく
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する