太釈さんの法話なブログ 生きている幸せ その4

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

生きている幸せ その4

ガンにより余命三ヶ月と言われたご婦人は、預金を全部おろしてセレブな体験をしてみましたが、2度・3度と続けるうちにつまらなくなってしまいました。そして、月日が流れていきました。

「そうして3ヶ月がたったの。私の命のタイムリミットが過ぎちゃった。そこで思ったの。『私、今生きてる』って。生きていることってこの上ないぜいたくだと分かったのよ。そしたらね、何もかもが『幸せ』に思えてきたから不思議よね。誰かと話が出来ることも、病気の痛みも、幸せなのよ。だって、死んだら何もかも無くなるじゃない。『生きていてこそ』幸せなんだって気が付いたのよ」

幸せは、ブランドを身につけることでもなく、高級ホテルでディナーを楽しむことでもありませんでした。「今生きている」ことこそが幸せなのだと気が付くことが出来た、だから「とても素晴らしいことが分かった」のです。


弘法大師の言葉に
「長く芽が出なかった種が、春の雷のように突然心打たれる出来事に出会い、心の殻が割れてふとしたよい心が芽生え、時雨のようにあたたかい教えに触れて芽を吹いていくものだ」
と、あります。

待合室で「とても素晴らしいことが分かった」と目を輝かせたご婦人にとって、ガンになったことは「春の雷」であったことでしょう。それによって心の殻が割れて、本当の幸せ、「生きている幸せ」に気づくことができたのです。

芽を吹いた種は、根を張り茎を伸ばして花を咲かせます。
人生にどんな花が咲くのか、人それぞれです。
花が咲くまで、仏さまの心の根を伸ばし、誰かの役に立つことで大きな花を咲かせたいものです。

合掌
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する