太釈さんの法話なブログ 大師はいまだおわします その4

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

大師はいまだおわします その4

高野山に着き、空海の御廟前へ赴きました。
東寺の長者、観賢(かんげん)僧正(そうじょう)は、空海の石棺を開きました。
しかし、白い煙が立ちこめ何も見ることができません。

ここまで来て、空海の姿を見ることができないのは自分の不徳のいたすところ。
心を込めて懺悔し、「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛」と、唱えました。

どれぐらいそうしていたでしょうか、スーッと霧が晴れ空海の姿が現れました。
髪とひげは伸び放題、衣はボロボロでした。その姿こそ、天皇が夢枕で見た姿そのものでした。
観賢(かんげん)僧正(そうじょう)は、空海の髪とひげを剃り、衣を新しいものに整えました。

傍らにいた淳宥(じゅんゆう)は、残念ながら空海の姿を見ることができませんでした。
そこで、観賢(かんげん)僧正(そうじょう)は淳宥の手を取り空海の膝に触れさせました。すると不思議なことに、淳宥の手にかぐわしい匂いが移りました。その匂いは終生消えることなく、さらに触れたものにも匂いが移ったと言われています。

観賢(かんげん)僧正(そうじょう)は、これから後に心ないものに空海上人の石棺を荒らされないよう蓋をして扉を閉めました。

天皇と二人の僧侶は、奥之院から帰る途中に背後に人の気配を感じました。
何と、そこには空海上人が見送りに来ていたのです。一行は見送りを固辞しましたが、空海上人はずっと付いてきます。やがて、御廟橋(みみょうばし と読みます)まで来ると天皇一行の姿が見えなくなるまで橋の手前で空海は見送ってくださいました。

このことから、いまでも御廟橋を渡り終えたら奥之院の方へ振り向き合掌、一礼するのが礼儀であるとされています。そこまで空海上人が見送ってくださるのですから。

高野山第三番の御詠歌「梵音(ぼんのん)」に
「阿字の子が 阿字のふるさと たち出でて また立ち返る 阿字のふるさと」

空海も私たちも、阿字(あじ:大日如来のこと)の子どもです。自分を大切にしていきたいものです。 
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