太釈さんの法話なブログ 昨日も、今日も、明日もあなたを救ってくれる観音さま その3

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

昨日も、今日も、明日もあなたを救ってくれる観音さま その3

弘法大師空海は、学問の才を認められ、中央官僚養成学校として日本に一つだけあった大学に入学を許されます。
昼夜を問わず勉学に励み、キリで膝を刺して眠気を覚ましながら勉強しました。

しかし、彼は勉強するにつれ疑問が湧いてきました。
「これで、人々が救えるのだろうか」

人々を救うことができるものを探して山岳修行に身を投じます。
そこで出会ったのが「密教」でした。

日本では誰も密教を授かることができず、中国へ渡る覚悟を決めます。

大学を捨て、一族の期待を捨て、家族を捨てて出家します。
そして、人々を救うことができる仏教を求め、命をかけて中国へ渡りました。
弘法大師空海は、中国で恵果和尚から真言密教を授かり、日本に伝えました。

この時、弘法大師空海は、日本にはない珍しいものをたくさん日本に持ち帰りました。
真鍮の仏具や経典、曼荼羅の掛け軸だけではありません。
人々を救いたいという気持ちから、土木技術や漢方薬も持ち帰りました。
その中に、牡丹の種がありました。

当時は薬用として寺院で栽培されていました。
「立てば芍薬 座れば牡丹」と言われるほど花が美しいため、観賞用として牡丹の栽培が広まりました。
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