太釈さんの法話なブログ 画家が作品になるとき

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

画家が作品になるとき

ふとしたときに妻とカフェに寄りました。

長男や二男坊が生まれる前に、妻が猛烈に野菜カレーを食べたくなりカフェに通いました。
妻は最後まで食べられないけれど、どうしても注文したくなるようです。

久しぶりに妻とデートをかねてカフェに寄りました。
座席に「CAFE2階の展示場でアート山大石可久也美術館の作品を展示中」という案内がありました。
せっかくなので行ってみることにしました。

12畳ほどのスペースには壁一面に大石可久也の作品が展示されていました。
私は絵を描くセンスがないので、大石可久也の絵をうまく表現できませんが、素朴な水彩画で画家が見た海の景色や魚、子どもたちが遊ぶ様子を描いています。

アート山大石可久也美術館

淡路島 アート山大石可久也美術館

私は、「この人は、きっと海が好きなのだろうな」と思いました。
いろいろなモチーフの中でも海が一番うれしそうに見えたからです。

展示場で受付をしていた女性は、大石可久也のファンなのでしょう。淡路島にあるアート山大石可久也美術館をうれしそうに紹介してくださいました。特に、四季を通して桜の咲く季節が美しく、別世界に来たような感覚に引き込まれるそうです。

展示場で受付をしていた彼女は、「大石先生は高齢になって作品は描かなくなってきたけれど、本人が作品になってきました」と言っていました。画家が自ら作品になるときとは、どんなときなのでしょう。

関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する