太釈さんの法話なブログ 空海も泣きました

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

空海も泣きました

hasunoha仏教問答で「いいね!」が多かった質問をもう少し詳しく紹介します。

元の質問はこちら http://hasunoha.jp/questions/12964
弘法大師 

質問者 ひじきさん

Q. 小学校低学年のときから鼻炎で笑われる日々を過ごしました。中学、高校と休みがちで、生きている意味も分からなくなってしまいました。

A. 後の世に偉人として伝わっている人はたくさんいます。高野山を開いた空海もその1人でしょう。では、空海は順風満帆な人生を送ったのでしょうか。

実は、そうではありません。 
空海は香川県の出身です。父は、香川県の県知事のような職に就いていました。当時は学問を志そうとしても生まれの身分により学校に入学することさえできませんでした。空海は地方の県知事の三男坊です。京都の朝廷や公家の子息とは身分が違いすぎました。それでもなお学問を志し、大学で教鞭を執っていた伯父の計らいもあり難関大学の試験を突破しました。文字どおり寝る間も惜しんで勉学に没頭しました。

しかし、空海は学びを深めるにつれ疑問が湧いてくるのです。

「私は学問を修め中央官僚となったとしても、貧しい人々を救うことはできないのではないか。身分にかかわらずすべての人を救うことができるのは仏教ではないのか」

空海はついに学問を捨てて大学を中退してしまいます。空海は仏教を志すため、ひとり山岳修行に励みます。

おそらく、その頃に残した言葉でしょう。 

「仏の弟子である私、空海は仏の境地にたどり着きたいと願っています。しかし、どのような道に進んで良いのか分からず、幾たびとなく涙に暮れました」

後の世に偉人として名を残した空海も悩み苦しみ、涙をこぼしました。

 
いま辛い苦しみのトンネルにいることは、先が見えずに不安になります。不安だからこそ、もがき苦しむのです。だれもが順風万派なの人生を送ったわけではない。苦しみのトンネルを越えたところに灯りがあることは歴史が証明しています。

仏教では、周りの人はすべて先生であると説きます。

ひじきさんは、鼻炎により苦しみましたが、誰よりも鼻炎で苦しむ人の気持ちを理解できるのではありませんか。後の人生にきっと役に立つことであろうと思います。 

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