太釈さんの法話なブログ 仏教の救いも必要ですが、仏教は万能ではありません

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

仏教の救いも必要ですが、仏教は万能ではありません

hasunoha問答で、いいね!が多かった投稿について詳しく紹介します。

元の質問はこちら http://hasunoha.jp/questions/13034

 

質問者の方は、幼い頃から父親に罵詈雑言、暴力を受け育ったようです。
しかし、本人は 「私はいい子ではなかったので、仕方がないと諦めて生きてきた」と書いています。
その一方で 「私が悪い」と思っていながらも、父のことをとても憎んでおり、 いつか必ず復讐する、刺し違えてでも屈服させてやると思いながら生きてきたようです。

質問者の中で大きな葛藤が心の矛盾となっていった過程が垣間見られます。「自分がいい子でないから」と父親からの暴力(言葉の暴力も含む)をかわそうとしています。自分が悪いと思い込むことで、現状を回避しようとしているのです。しかし、質問者の中に悪いところが見当たらないという矛盾が生じてきます。いつまでも「自分がいい子でないから」という自己暗示は効かないのです。

結果として、質問者は父親に対する復讐心が生まれてしまいました。父親を屈服させることで、質問者の正当性を確認しようとしたのでしょう。つまり、暴力は暴力しか生まないのです。

仏教では、中国の儒教の影響もあり父・母に孝行することが゛徳を積むことにつながるとされています。質問者も父親に孝行することができない上に復讐心を持ってしまった良心のかんしゃくに押しつぶされようとしているように私は感じました。仏教で導く以前に、質問者が心のバランスを取り戻すことが必要だと私は思うのです。

暴力で相手を屈服させたいという歪んだ感情が大きくなった、つまり、心の闇が大きくなってしまったら専門的な治療が必要です。仏教のできる範囲を超えています。僧侶は仏教で導く範囲なのか、専門的な治療が必要なのかを見極める目が必要なのです。

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