太釈さんの法話なブログ 緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その2

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その2

~なぜ私は薬剤師になったのか~

薬友会研修会 講師登壇2 2017-1-28 
真言宗寺院の長男に生まれた私は、物心つく前から「お寺の跡継ぎだ」と言われて育ちました。私がまだ赤ん坊で、祖母に抱かれている写真には「将来の跡継ぎ」とマジックで書かれているものがあります。この写真のように周りから見ると、私が何になりたいかという私の意志はまったく関係ないものでした。「お寺の子どもだから」と特別扱いをされていたのです。しかし、私にとって特別扱いは重荷でした。なぜ、普通の家に生まれてこなかったのかと悩んだことは幾度もありました。私は自立心が強かったのか、家を出ることばかりを考えていました。結果として、大学は宗門大学である高野山(こうやさん)大学へは進学せず、薬学部へ進学し、薬剤師を目指しました。私にとって大学のいいところは、研究ができることでした。大学に入学したときから、こっそりと研究室に入り込み、教授に「研究のお手伝いをさせてください」と直談判しました。私は、教授に熱意を認められて研究室に出入りを許されました。大学の研究室では土まみれの植物をより分けたり、乾燥させたりするような下働きばかりでしたが、私にとっては何よりうれしいことでした。なぜなら、「お寺の子ども」という特別なレッテルを貼(は)られることがなかったのですから。順調に学年が進み、大学卒業後に薬剤師国家試験に合格しました。これで私は手に職ができました。寺に頼らなくても生きていけます。ついに、自分の道を歩くことができるので、私は意気揚々でした。

しかし、私が思い描いたような薬剤師としての生活を送ることはできませんでした。薬剤師になった私は、大学で学んだ知識を使えば、どんな相談を受けても解決策が見つかると思っていました。薬局に来たお客さんが、私が勧めた商品を買うことで元気になってくれるに違いない。そうすることで、店にお客さんが行列をなし、にぎやかになり繁盛し、お客さんは次々と私のファンになると思っていました。

つづく
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する