太釈さんの法話なブログ 緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その3

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

緩和ケアにおいて薬剤師に望まれること その3

~なぜ、私は薬剤師ではなく、僧侶として自立したいと願うようになったか~

薬友会研修会 講師登壇3 2017-1-28 



 薬局に就職したばかりの私はカッターシャツにネクタイを締め、白衣を着て薬剤師としての職能に励んでいました。私は、どこから見ても薬剤師です。しかし、私の本質は別のところにあったのです。
私がなぜそのように思うのかというと、薬剤師の姿をしていても「あなたお坊さんね」と言われることが何度となくあったからです。薬局の店頭に立つときは、どこからどう見ても薬剤師。私は寺の長男であるということはいっさい口にしていません。どこから見ても、私の出自がお客さまに分かるはずがないのです。しかし、現実には違いました。
はじめに私のことをお坊さんであると見抜いたのは、四十代の男性でした。勤務の後に立ち寄ってくださるのでしょう、決まって六時過ぎに一人で来店されました。購入されるのは、大人用の紙おむつです。三十枚入りを十日間隔で購入されました。大人用の紙おむつは、大きさも重さもあります。大人と子どもでは身体の大きさが違うので、子ども用のオムツに対して大人用は二倍ぐらいの大きさになります。お客さまである男性は家族を介護しておられることは明らかなので、ときに私がお客さまにねぎらいの言葉をかけることもありました。
あるとき、大人用紙おむつを買うそのお客さまがぱったりと来店されなくなりました。私はつい、いろいろなことを考えてしまいました。介護されているご家族の調子が悪くなったのではないか、あるいは介護をしているお客さまの男性が調子を崩したのではないか、何らかの事情があるのではないか。考えたところで私にはどうしようもないことなのですが、つい気になってしまいました。三週間ぐらいたったころ、その男性が来店されました。いつものように真っ直ぐ介護用品売り場に行かず、店内をウロウロしています。私と目が合うと、真っ直ぐ私のいるレジまでやってこられました。
「今日、お探しのものは何でしょうか」
と、たずねると、
「もう大人用の紙おむつは必要なくなりました。亡くなったので」
私は悪い予感があたってしまったことで気分が沈んでしまいましたが、
「寂しくなられましたね」
と、声をかけました。すると、男性は少し微笑んで、
「あなた、お坊さんでしょ?」
と、言います。私はびっくりしてしまいました。どこからどう見ても薬剤師なのに、どうして私の出自が分かったのでしょうか。さらに、その男性はかなり前から私がお坊さんであるということに気がついていたと言うのです。物腰や態度、言葉の選び方やしぐさで「ああ、お坊さんだ」と分かっていたというのです。私は、びっくりしてしまいました。それと同時に、私の本質は薬剤師ではなく、お坊さんなのだということに気づかされました。つまり、どんな姿をしていても、その人の本質は変わらないし、見抜かれてしまうものなのだと確信したのです。
つまり、私の本質は僧侶だったのです。

つづく
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