太釈さんの法話なブログ 一杯のお茶 その2

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

一杯のお茶 その2

引き揚げ列車と呼ばれた満員列車にゆられ ようやく着いた熊本駅 誰もが疲れ切っていました。
生きて日本の地を踏んだものの、戦地での体験は誰にも話せませんでした。まるで鉛を飲んだような心境です。うれしさ半分、罪悪感が半分。

突然プラットフォームに明るい声が響きました。
「みなさーん、お帰りなさい。お疲れ様でした。どうぞ故郷日本のお茶を飲んでください。お茶を飲んで生きる力を取り戻してください」

見ると、一人の学生が大きなヤカンとザルいっぱいの湯飲みを抱えて立っていました。
「さあどうぞ、日本のお茶です」

思いがけないお接待に長蛇の列ができました。同級生らしい数人が次々にヤカンを持って来ます。
飲み終えた人は口々に言いました。
「ああ、地獄に仏とはこのことだ」
「日本に帰ってきたんだねぇ」
「日本のお茶が飲めた。間違いなく、日本だ。」
「そうだよ、ここは日本だ。」

ゆっくりと時間を掛けて日本のお茶を味わいました。ふと思い立ち、学生に聞いてみました。
「学生さん、おかげで生き返りました。ところで、あなた方はどちらの学生さんですか。」
「はい、熊本大学です。」
遠くを見ながら、学生さんは話し始めました。
「実は父も帰還していないのです。もし帰ってきたら、真っ先に日本茶を飲みたいのではないかと思うのです。引き揚げてこられる皆さんのことは、とても他人事とは思えません。」

身も心もボロボロになって戦地から復員された方にとって、この一杯のお茶は「どんなことがあっても生き抜こう」という勇気を与えてくれました。学生さんが仏さまに見えました。

あの日、一杯のお茶の味は忘れられないのです。今でも熊本駅のプラットフォームで手を合わせます。
「生きる力をありがとう」

出典:みんなに読んでほしい本当の話 篠原鋭一著 興山舎出版 2006年4月発行

つづく
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