太釈さんの法話なブログ 死んだら「無」になる?

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

死んだら「無」になる?

ある方から質問を頂戴しました。

「死んだ後はどうなるのですか?『無』になるっている人、いるじゃないですか。何にも無くなって、『無』になったらスッキリするような気もするんです。本当のところを、はっきり教えてください!」

お彼岸やお盆には亡くなったお父様が窓の外に会いに来たということを感じることができる方です。それを誰かに行っても信用してもらえないことが、イヤなのだとか。テレビで『無』になると聞いて、すっかりその気になっているようです。

「今、目の前にお父様のお骨がありますね。これは紛れもなく、ここにあります。先ほど、お父様がお盆やお彼岸に会いに来るのが分かると言っておられましたね。すべて「無」になるのなら、そのような現象は起こり得ないですよね。でも、現実には起こっている。「無」ではないわけです。すべてが無くなっていくわけではないのです。肉体は無くなっていきますが、ご遺族の心の中にお父さまは生き続けている。『思い』はずっと残るのです。」

なるほど。という顔をしながら、でもやっぱり『無』にこだわりたい。

「でも、無になっていくのでしょう?」

「そんなに『無』になりたいですか?自分の存在は消したくても消せないものですよ。」

きれいに消えていきたい願望があるようです。ですが、生きてきたようにしか、死ねないものです。思ったようにはいかないものです。
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