太釈さんの法話なブログ 宝福寺ものがたり ヘビ退治 編 その3

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宝福寺ものがたり ヘビ退治 編 その3

ハッと我に返る青年。
生け垣に囲まれたお堂の境内にぽつりと立っていました。
どれぐらいの時間そうやって立っていたのか、自分でも分かりません。5分なのか、1時間なのか。

誰かがお参りにやってくる気配はありません。
「迷ったときは前に進め」
誰の言葉だったのか忘れてしまいましたが、青年はお堂の中に入ってみることにしました。確か、あのお堂から人の声が聞こえたはず。ゆっくりとお堂に向かって歩いて行きます。
「まさか、中からオバケが出てくるわけでもないし。」
緊張を強がりで隠しながらお堂の入り口に立ちました。一息ついて、扉に手を掛けると一気に開けてみました。
「ガラゴロガラゴロ」
しばらく誰も開けていないのでしょうか、滑りの悪い引き戸は妙な音を立てました。中からは、少しかび臭い匂いを載せて風が「すう~」と流れました。予想に反して、誰かが「わっ」と飛び出したり、犬や猫がねぐらを荒らされて飛び出してきたりすることはありませんでした。もし、そうだったとしたら緊張のあまり大笑いしていたかもしれません。人は、緊張しすぎると笑ってしまうものです。

青年は、お堂の中に入っていきました。
一目で見渡せるほどの広さで、10畳一間のお堂です。正面には御本尊を納めてあるのでしょうか、大きな装飾を施した木の箱があります。左手には小さな仏さまが二体、右手にはいくつかのお位牌がまつられていました。
「以前はお寺だったのか。」
そう思わせるような状態でした。御本尊があり、位牌がある。お勤めするように鈴と香炉もあります。線香の燃えかすがまだ新しいので、定期的にお参りがあるようです。今日はたまたま誰もいないだけ。管理者を示すものは何もないので、どこの、誰が手入れをしているのか分かりません。

ふと、目を引かれたのはお位牌でした。
おそらくこのお寺で住職をしていた人のお位牌なのでしょう。「○○上人」と書かれた位牌が並んでいます。その中で、ひとつだけ夫婦位牌がありました。
「お坊さんは結婚しないんじゃないのかな。」
青年は素朴な疑問を感じました。最近ではお寺の御住職が所帯を持つことは当たり前ですが、その昔は修行に明け暮れ妻帯は禁止されていたはず。それなのにどうして?

興味を引かれて、夫婦位牌を手に取ってみました。
「元意上人」とあります。裏をひっくり返すと、亡くなったのは300年ぐらい前のこと。人目を忍んでの恋だったのか、それとも夫婦位牌にしなくてはいけないような事情があったのか。すみの方に小さく「ヘビ退治」と書かれています。
「夫婦でヘビ退治?おもしろいな。」
興味を引かれて、その位牌を持って立ち上がった瞬間「フラッ」としました。意識が遠のいていく感じです。視界がだんだん狭くなり、体がゆらりと傾きました。そのまま畳に倒れ込む感覚を背中で感じながら、どうすることもできませんでした。

そして、あの声が聞こえてきたのです。
男の声とも女の声ともつかない、唸るような絞り出すような声。お経を唱えているのか、真言を繰っているのか。

「夢の中で聞いた声だ。」
混濁した意識の中で思い出しました。懐かしいような、寂しいような感覚。デジャブだと思っていた、あの感覚。

深い奈落の底に落ちていくように、暗闇を進んでいくのでした。

続く
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