太釈さんの法話なブログ 自著「一日一善」の紹介

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

自著「一日一善」の紹介

一日一善一日一善
(2011/11)
中村 太釈

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せっかくの機会なので私の著書を紹介させてもらいました。

「ぼくが生まれてごめんなさい」

子供の誕生は大きな喜びと感動をもって迎えられます。しかし、千人に一人ぐらいの割合と言われていますが、生きていくのに周りの人の理解と協力がたくさん必要なお子さんがおられます。
やっちゃんは重度の脳性マヒでしたが、とても明るい少年でした。十五歳という短い人生を閉じてしまったけれど、家族の愛情をいっぱいに受けて育ちました。やっちゃんが短い生涯を閉じる前に書いた詩です。

ごめんなさいね おかあさん

 ごめんなさいね おかあさん
 ごめんなさいね おかあさん
 ぼくが生まれて ごめんなさい
 ぼくを背負う かあさんの
 細いうなじに ぼくはいう
 ぼくさえ 生まれなかったら
 かあさんの しらがも なかったろうね
 大きくなった このぼくを
 背負って 歩く悲しさも
 「かたわな子だね」とふりかえる
 つめたい視線に 泣くことも
 ぼくさえ 生まれなかったら

 ありがとう おかあさん
 ありがとう おかあさん
 おかあさんが いるかぎり
 ぼくは生きていくのです
 脳性マヒを生きていく
 やさしさこそが 大切で
 悲しさこそが 美しい
 そんな 人の生き方を
 教えてくれた おかあさん
 おかあさん
 あなたがそこに いるかぎり

お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい (扶桑社文庫)お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい (扶桑社文庫)
(2004/04/27)
向野 幾世

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やっちゃんのお母さんは、いつも手をさしのべていました。まるで観音さまのようです。いつでも誰かを救おうとしている観音さまは、困っている声を聞くのではなく「観る」のです。誰かのために「観える」ようになりたいものです。
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