太釈さんの法話なブログ 仏は「ほどく」につながる その1

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

仏は「ほどく」につながる その1

「仏」「ほとけ」
不思議な言葉です。仏って何だろうと、ふと考え込んでしまいました。

仏像は礼拝の対象です。美術品ではありません。
じっと見ていると引き込まれそうになります。それなのに、あまり見ることができません。いつも扉を閉めたまま。心の目で見ろということなのでしょうか。

困った時に「仏」に向かい、手を合わせます。
ひたすら祈り続ける姿は尊いものです。
時には、天変地異も起こしてくれるのではないかと期待することもあります。

五木寛之著「親鸞」で、雨乞いのシーンが出てきます。

現在の知事に当たる人が親鸞の元を訪れ、雨乞いをしてくれるよう頼みます。
親鸞は「念仏は天変地異を起こす力はない。自分に向かい念仏するのだ。」と、断ります。
それでも足繁く通う知事に心動かされたのか、親鸞は雨乞いを引き受けます。

「念仏で雨を降らせることはできない」と証明したいために。

2日、3日と壇上で座り続け、念仏を唱える親鸞。
断食し、用を足すこともなく、一睡もせずに念仏をひたすら唱え続けます。
一週間が過ぎても雨が降りません。周りは殺気立ち始めます。

もし、このまま雨が降らなければ親鸞の命が危ない。
救出の計画を立てていた矢先、雨が降りました。親鸞は壇上から担ぎ降ろされ、身を隠しました。

仏法は、人々の悩みや苦しみを取り除き、安らぎを与えるためにあります。
私たちが病院の門を叩くのも同じといえましょう。

つづく
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する