太釈さんの法話なブログ 芯になるもの

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

芯になるもの

ある、若手の僧侶に質問されたことがあります。

「太釈さんは、普段から考え方に芯が一本通っているように思います。どのようなことをいつも心に置いていますか?」

改めて聞かれると困ってしまいました。自分のことは自分が一番知らないものです。
よくよく考えてみた答えは、こうでした。

「読経にしても、作法にしても、形だけを真似ることは簡単にできます。私は、それがすごくイヤだったのです。真似事をしても故人が生き返るわけでもなく、法事をしても何の意味もない。でも、あるとき気が付きました。『心を込める』ことで、故人を亡くした遺族の心が安らぐことがある。法事をして故人の生前を偲ぶことができる。それが大切になってくるように思います。」

ハハァ~ん。なるほど。

質問した若い僧侶は、とても得心しておられました。

学ぶは「真似ぶ」が語源です。まず真似ることから始まる。
そして自分なりにかみ砕いて、自分のものにしていく。
そして、自分のオリジナルへと発展していくのです。

「心を込める」毎日でありたいものです。
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