太釈さんの法話なブログ 自分で決められないこと

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

自分で決められないこと

自分で決められないことは何でしょうか。

これは難病の緩和医療に携わる医師の話です。

難病であることを告げられると、患者さんは必ず落ち込みます。
なぜなら「治らない」ことを告げられたから。

現代の医療が発展したと言っても治らない病気はたくさんあります。
原因すら分からない病気もあります。

治らない病気は、「死」を意味します。
だから患者さんは落ち込みます。
どうしても受け止められないから。

そして、難病の緩和医療携わる医師は言います。
「医療のスタッフも誤解して、混乱するのです。」

患者さんが難病と診断されたときから、医療スタッフは患者さんに
「死を受け止めること」を強要し始めます。
口に出さないまでも、雰囲気を醸し出します。

しかし、よく考えてください。
「死」は自分で決めることができません。
いつ自分が死んでいくのか、自分で決めることはできません。

患者さんは、自己決定できない「死」と、受け入れていかなくてはいけない「死」の間で迷い、苦しみ、混乱します。そして、医療スタッフも、その患者さんを見て誤解し、混乱します。

医師は言います。
「死に向かっていると分かっていても、生きていくことを積み重ねていくのです。」

私たちは、生まれた瞬間から死に向かって歩いていきます。
病気があるかどうかは、全く関係がありません。

難病を抱えた患者さんが「生きていくことを積み重ね始めた」時、やっと命が輝き始めるのです。
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