太釈さんの法話なブログ 徳島大空襲

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

徳島大空襲

徳島市が空襲に遭い、焼け野原となってから今年で67年になります。
だんだんと記憶から風化され、当時を知る人も少なくなってきました。
その一方で、「風化させまい」という想いは年を重ねるにつれて強くなっています。

徳島市東船場にある国際東船場113ビルの窓ガラスには、空襲時の大火による熱割れや亀裂が当時のまま保存されています。この窓から見える風景は、何の煩いもないものです。買い物から帰る人や家路を急ぐ人がのんびり通っています。

67年前はどうだったのでしょう。
空襲が始まったのは夜が明ける前でした。突然の爆音とともに焼夷弾が落ち、ガラスが割れるような音がしてあちらこちらから火柱が立ちます。とっさに家族の身を守ろうとして、背中だけが焼け焦げた遺体もあったようです。

人は限りなく残酷になれる生きものです。
その一方で、自らの命を省みず命を守ろうとした人もたくさんいました。我が子を、我が親を劫火から守ろうと覆い被さるようになっていた遺体がたくさんありました。背中は真っ黒だったが、腹は白かったと懐述されています。

逃げ惑うその姿を見て、誰かを助けようとしたその姿は仏さまそのものだったに違いありません。
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する