太釈さんの法話なブログ 牧師さんの登場

太釈さんの法話なブログ

高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

牧師さんの登場

綿々と続く鳴門結衆大法会。500年以上の歴史があります。
クライマックスは2日目夜の法話です。電気を全部消してロウソクの灯りだけで最後のおつとめをします。
その合間を縫って法話をします。

今年は、500年以上の歴史のなかで初めてでした。
結願法話で、牧師さんの登場です。
高野山の管長がローマ法王に拝謁した時の通訳をした方です。今年の当番寺院住職と親交があり、実現した企画です。「真言宗は全てを受け入れる」という精神で来てもらいました。

牧師さんがマザーテレサの修道院でいたときのことです。

トルコにあった修道院から出て、毎日のようにホームレスが集まる地域に入り毛布を渡したり、食べ物を渡したりしていました。そこに一人の日本人女性がいました。彼女は高齢で体が弱り、栄養失調でした。牧師さんとマザーテレサ修道院のシスターたちはこの日本人を修道院まで運びました。懸命な手当てをしました。しかし、その甲斐なく彼女は亡くなりました。

弔いの席で、修道院のシスターたちとマザーテレサは般若心経を唱えました。なぜですか?聖書ではなく、なぜ般若心経なのでしょうか。牧師はマザーテレサにたずねると、テレサは静かに言いました。
「私は、その人がもっとも落ち着く宗教を尊重するのです。それがキリスト教であれ、仏教であれ、何であっても構わないのです。自分の信仰と違っていても問題ありません。私は、人格と宗教を尊重するのです」

これが全てを包み込む「愛」なのだと牧師さんは言います。
相手の人格と宗教を尊重すること、受け入れていくことが大きな愛なのです。

大きな心を持ちたいものです。
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