太釈さんの法話なブログ 法話

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

北朝鮮が冬季五輪に参加を表明

毎週火曜日はミニ法話を更新予定です。


北朝鮮が五輪参加を表明

~朝日新聞 2018年1月10日朝刊 第1面より~
平昌オリンピック 

韓国と北朝鮮は9日、南北軍事境界線上の板門店の韓国側施設「平和の家」で、2年1ヶ月ぶりとなる南北当局間会談を開いた。北朝鮮は韓国・平昌冬季五輪に参加すると正式に表明した。
以上、記事より


両国は軍事的緊張の解消のため対話を開始し、平昌冬季五輪の北朝鮮参加を決めました。

北朝鮮の冬季五輪選手は、平昌冬季五輪に出場できるかどうか分からないまま練習を続けていたことでしょう。


空海は
「チャンスはいつ訪れるか分からない。一生に二度とないかもしれない。そのチャンスを逃さないために、いつチャンスが来てもいいような準備をしておかなければならない」
と、言いました。


平昌冬季五輪に出場できる選手は、チャンスを逃さないために努力を続けた人なのです。精進することは、絶え間なく前進することなのです。

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ライバルをドーピング違反に陥れる

毎週火曜日はミニ法話を更新予定です。


ライバルをドーピング違反に陥れる


2020年東京五輪を目指していたカヌー・スプリントの有力選手が、年下のライバル選手の飲料水に禁止薬物を混入させドーピング違反に陥れるという事件が起きた。

国内では前例のない行為で、反ドーピング五輪に取り組む開催国の信頼や、東京五輪を目指す日本の競技者のイメージを失墜させた。
~朝日新聞 2018/01/09 第1面より~


スポーツは互いが切磋琢磨しあい、限界まで努力したすえに見せる姿が見る者を感動させます。

ライバルを蹴落として得た栄冠は、感動とは程遠いものです。


空海は

「煩悩にとらわれて迷いから抜け出すことがでない凡夫は、本当の悟りの因果を知りません。心に邪道を起こして自ら苦しい原因を作り重ねていくのです」

と言いました。


相手を貶(おとし)めようとする煩悩から抜け出せなければ、自ら邪道に落ちてしまうのです。

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認知症 戸惑いと葛藤の9年間

毎週火曜日はミニ法話を更新予定です。


認知症 戸惑いと葛藤の9年間

~徳島新聞第一面の記事より~

終わりのない夫の介護に疲れ果て、何度も投げ出しそうになるものです。
78歳で夫がアルツハイマー病と診断され、暮らしが一変しました。晩年は寝たきりとなり、妻の顔さえ分からなくなりました。しかし、どんなに病状が進んでも最後まで優しい夫のままでした。

一人の介護があれほどしんどいと思っていました。しかし、夫が亡くなった後は夫と過ごした時間がいとおしく思い出がよみがえってきます。

以上、記事より


生前に故人と積み重ねた思い出は、走馬燈のようによみがえることがあります。夫の誕生日や結婚記念日など、夫を思い出してつらくなることもあるでしょう。

遺影 

でも、積み重ねた思い出は故人の供養となります。写真のアルバムのように、いつまでも大切にしたいものです。

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星野仙一氏の逝去に思う

毎週火曜日はミニ法話を更新予定です。


星野仙一氏の逝去に思う


燃える男、星野仙一氏が亡くなりました。


私は野球ファンではありませんが、星野仙一氏は知っています。球界には恩師と慕う人も少なくないようです。もちろん、星野仙一氏のファンは老若男女を問わずたくさんおられることでしょう。


今は星野仙一氏の逝去がニュースとなり、記憶に残っています。

しかし、一年後はどうでしょうか。


星野仙一氏とよほど親しかった方を除き、氏の逝去は
忘れてしまうものです。実際に昨年亡くなった有名人を思い出すことは容易ではありません。


故人を忘れないようにするにはどうしたらよいのか。
私は供養していくことだ答えます。

いつまでも故人を忘れないようにすることが供養です。身近な方だけでも供養を続けることで、いつまでも忘れずにいたいものです。

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年始の挨拶ができるありがたさ

毎週火曜日はミニ法話を更新予定です。


年始の挨拶ができるありがたさ


觀音寺では元旦に初護摩を終えて、二日から家内安全を祈願する家祈祷(やきとう)で檀家さんを訪問しています。

今年の初顔合わせになるので「あけましておめでとうございます」と挨拶します。

喪家は新年のお祀りをしていないので、私が訪問している檀家さんは喪のないことになります。

正月の床の間 
昨年は私の父(先代住職)が亡くなったので、正月はお休みしました。

今年は檀家さんと新年の挨拶を交わすことができるのはありがたいです。

人が亡くなれば仏さまに導かれて旅に出ます。新年の挨拶ができない代わりに、亡き人の成仏を祈りたいものです。

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