太釈さんの法話なブログ

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高野山の布教師 太釈さんがミニ法話を綴ります

般若心経を写すこと

なぞり写経 

なぜ、般若心経を写すのでしょうか。
現在は印刷技術が発達し、自分で写さなくてもコピー機にかければ何枚でも印刷することができます。
しかし、写経は般若心経を写すことが目的ではないのです。

写経では、道場によい香りのする線香を焚きます。そして、写経をしようとする者は手に塗香(ずこう:香料を粉状にして手に塗り込む)をして心身を浄めます。

次に仏前勤行次第を唱えて、御本尊の前でお勤めをします。

これらを終えて、やっと写経を開始するのです。

般若心経を写すだけなら、作法は必要ありません。しかし、般若心経は仏教を遠くインドから日本に伝えてきた無数の人々の苦労を忍び、ありがたさを感じながら自らを見つめることなのです。

一心に写経をしていると、本堂の外で鳴いている小鳥のさえずりや、風の音が聞こえます。
普段の生活では見過ごしてしまっているものが、見えてくるようになります。

やがて心静かになり、写経が終わるころにはあなたの心がスッキリするのです。

つまり、写経は自らを見つめ直し、こころをスッキリときれいにすることなのです。


觀音寺では毎月21日に写経・写仏を行っています。
奉納料500円で参加して頂けます。必要な道具は觀音寺で準備いたしますので、気軽にお越しください。
※7月~9月はお盆の供養のため写経・写仏はお休みいたします。10月から再開いたします。

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毎月21日は空海の御影に手を合わせる日

弘法大師

毎月21日は何の日でしょうか。

高野山では、信心深い人々が一心に手を合わせながら弘法大師空海が今でも生きているといわれる奥之院へと急ぎます。弘法大師空海の身体が納められている高野山奥之院の御廟前(ごびょうぜん)では、一日中線香の煙が絶えることがありません。

弘法大師空海が高野山奥之院で入定(にゅうじょう)したのは、3月21日でした。
このため、毎月21日は弘法大師空海に思いを馳せて奥之院へお参りします。

私たち、高野山の末寺は自分の寺で弘法大師空海の姿を描いた掛け軸(御影:みえいと言います)に手を合わせ、法会を行ったり、写経や写仏を行ったりします。

觀音寺では写経・写仏を行いました。
写仏では3名の檀家さんが弘法大師空海を描いておられます。3名とも違う弘法大師空海が紙の上に浮かび上がってくるのが不思議です。完成したら、自宅に弘法大師空海の御影を飾り、毎日手を合わせることになるでしょう。


觀音寺では毎月21日に写経・写仏を行っています。
奉納料500円で参加して頂けます。必要な道具は觀音寺で準備いたしますので、お気軽にお越しください。
※7月~9月はお盆の供養のためお休みいたします。10月から再開いたします。

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初盆とは?

故人が亡くなり、四十九日忌を終えて初めて迎えるお盆を「初盆」と言います。四十九日忌がお盆を越してしまう場合は、翌年が初盆になります。このあたりは地域により違いがありますが、ややこしいですね。

盆灯籠 

 お盆やお彼岸に故人は自宅に里帰りするといわれています。
初盆は故人が初めて里帰りするので、自宅では故人を迎え入れるために祭壇を作り霊供膳やお菓子、果物、故人が好きだったものをお供えしします。

また、故人が里帰りするに当たって、家を間違えないように盆灯籠を吊します。盆灯籠は窓ぎわなど外から見えるところに吊るのが良いでしょう。初盆を迎える方は、新しく盆灯籠を買い求め觀音寺にて故人の戒名と偈文、真言を書き入れて開眼いたします。

 開眼された盆灯籠を吊す期間は、七月三十一日の夜から八月三十一日の朝までです。期間が終わったら丁寧に箱に入れ、翌年の七月三十一日が来たら、再び盆灯籠を吊します。

 お盆は八月十三日~十五日三日間です。故人が里帰りするので、自宅の軒先やお墓の前で八月十二日の夜にこえ松を燃やして迎え火を焚きます。そして、十六日の朝にはこえ松を焚き送り火とします。
 灯籠流しまでの三年間は、八月十八日に盆灯籠の供養のため、長岸觀音寺にて施餓鬼会を行います。餓鬼地獄におちた亡者を供養することで、万徳を得られるとされる行事です。

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初盆で、なぜ盆灯籠を吊すのですか

盆灯籠 

お盆が近くなってきました。
まだまだ先だと思っていたら、気温の上昇とともにお盆を思い出します。

お盆の風物詩は、盆灯籠にお墓参り、住職がスクーターにまたがって忙しそうに走り回る姿でしょうか。今回は、盆灯籠を取り上げます。

盆灯籠は、お盆に故人が迷わず自宅へ里帰りできるように吊します。
盆灯籠には戒名(かいみょう)だけでなく、偈文(げもん)と真言(しんごん)を書き入れます。

偈文とは短いお経のことです。偈文として「除暗遍明(じょあんへんみょう)」「光無生滅(こうむしょうめつ)」と書き入れます。つまり、盆灯籠を吊すということは暗いところを分け隔てなく明るくし(除暗遍明)、明るい光は生死を超えて輝き続ける(光無生滅)のです。

 三年目のお盆に盆灯籠を吊るした後、灯籠流し(流燈会:りゅうとうえ)を行います。鳴門市では八月二十一日の夕刻、鳴門市文化会館裏の撫養川で盆灯籠を乗せた船を流します。盆灯籠を乗せた船が川面を流れていく様子に、遺族は手を合わせるのです。

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育メン坊主のひとりごと

太釈さんの似顔絵 

Q.息子より体格の小さいクラスメイトから意地悪をされています。息子は抵抗せずにいますが、親としては不甲斐ない気がします。息子の態度は、これでよいのでしょうか。

A.息子さんがクラスメイトから意地悪や暴力を受けているにもかかわらず、何の抵抗もしないことに対して不甲斐ないと感じておられるのですね。

息子さんが、クラスメートにやられっぱなしで「いつかはあきらめて意地悪をすることはなくなるだろう」と、嵐を過ぎるのを待っているだけなら現状は好転しないでしょう。逆に、クラスメートは抵抗しない息子さんに対し、被虐心を煽られて意地悪から暴力に発展するかもしれません。

親としては息子が不甲斐ないと思うと同時に、クラスメイトの態度がエスカレートしないかと気になってしまいます。

しかし、息子さんはやられっぱなしではなく、「悪人でも善人になる可能性がある」と考えているなら、私は息子さんの考えに賛成します。空海も、「悪人であっても善人になる可能性がある」と言っているのですから。

悪人はいつまでも悪人でいられるわけではありません。いつまでも芽が出なかった種が、春の雷雨で種が芽吹くことがあるように、悪人の中に元々あった仏の種が花開くときがあるかも知れないのです。

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